2025-01-01から1年間の記事一覧
迷惑かもしれないと相手に話しかけたけれど、話は続いているからそこまで気にしなくてもいいかもしれないと思う。自分の関心のあることは過ぎて行って、戻してもいい気もしながら何もしない。"相手の関心のあることが何か"を持ち帰る。読書のためにと借りた…
文章に書くことにならないものを音声にしている。どちらかに比重があるわけではなく、アウトプットにおいて適しているとした言葉が、"書き言葉"か"話し言葉"かということだと思われる。たとえば、紅葉について感じたことを話し言葉にすると、少し丁寧な言葉…
ボールペンで自分の住所を書いていると、相手の顔を思い出す。文字を丁寧に書くこともあまりなくなり、ペン先はあちらこちらである。どこかで聞いたとおり、年賀状はもはやれっきとした"贈りもの"だろうと、85円という切手を見て思う。読んでいた本の巻末の…
知り合いがあまりいないところは話しづらい。この人に話すという人を一人決めて話すといいとか、しかし手ごたえはあまりない。もはや慣れであり、慣れでしかない。すぐストックしてある情報を取り出せるかについても、慣れに左右される。一か月に一回の自分…
まさに自分と渦中にある人のジョークにあっけにとられながら、昼休みの食堂に立っていた。パステルグリーンの小振りな椀の中に不規則な渦巻きが白くくつろぎ、紅白の蒲鉾と深緑の海藻、泡立つような小麦色の粒。それはそれ、これはこれ。仕事のことを休憩ま…
周りの"人"を見て警戒して困憊しないために、じゃあ見なければいいのではと思う。見ようとすれば見えるものを「見ない」ようにする。SNSで疲れるなら接触を減らそうというのはよく聞くことで、自身もできているし、そもそもSNSらしいSNSはやっていないし、そ…
みかんの木についた実は"だいだい"色の花。窓辺の影は、床のキャンバスにますます伸びて平行四辺形になる。あたたかい雨を受けてたたんだ傘の石突をペンにして、乾いたコンクリートに文字を書く。先週分のラジオです。 EP.35 気分の波に先手を打つ - 忘却ラ…
屋根より高い黄色いイチョウの木が見えた。屋根から黄色いイチョウがこれでもかというくらい飛び出している。もしかすると、イチョウの木は家より高いところにあるのかもしれず、遠くから見て目を引いたのかもしれない。黄色が空へと打ち上がる、秋の花火の…
ある抽選会で、当たっている子どもの中にいる当たらなかった子どものことが気になる。傍にいながら、自分は当たったことに喜びすぎていなかったのかが気にになる。自分はどういう顔をして景品を持って返ればよかったか気になる。別のところで良いこともある…
人と比べて自分はまだまだだと思い何かが続かない人がいるらしいのだが、自分はまだまだだと思いながらも"もの"によっては続いている。続かないのはほんとうは続けたくないからだというのもそれらしく思われる。これまでであれば、音声配信も完璧に納得いく…
葉が窓を横切っていく。いくつもの黄色が地に敷かれていく。朽ちた葉が落ちてくるとばかりに思っていたが、落ちてきた葉ばかりの葉はまだ色を持っているのだった。その持っている色で地を色づかせ、やがて土色に戻っていく。冷えるのでカーディガンをはおっ…
ブログバトンをいただきましたので、つないでいきたいと思います。珈琲好きの忘れん坊(id:external-storage-area)さん、ありがとうございます。 www.external-storage-area.com お題がいくつかあるようですので、順に書いていきます。AIについては、気になっ…
個人の音声配信は一人で聞きたい。イヤホンは使わないので、聞くときには一人になる必要がある。個人的なことを、また内にあるものを、そっと誰かに小声で話しているような時間を、限られた場所にしまうようにだ。公共や民放のラジオを何人かいる部屋で聞く…
性別を尋ねられて、どうみても女性だろうと思いながらも何がそうさせたのかを考える。髪が短い方だ。化粧が控えめである。声がわりと低い。服に入っている色は紺と黒。部屋に入る前にしまったけれどベロア風生地のカーキのブルゾン。スニーカー。迷彩柄のリ…
出入口をくぐると、カウンターの向こうに控えめに話している小さな人だかりがある。開店と同時に入店したとき、こちらは客であるのにここにいてはいけないように思われるあの感じだ。もう一度確認するが、私は"訪れる側"であることに間違いはない。さらに進…
文字は読む人の速度で読める。意味を考えようと思ったら、戻っても読める。音声配信は聞く人の速度を気にしない。聞く人の考えが追いついていなくても、話す人は話し続ける。聞く人が考えたいときは一時停止する。前の話を聞きたくても、書き起こさなければ…
何人かでやっているラジオ番組を聞いていると、はじめのうちはどれが誰の声なのかまったくわからない。名前もおぼつかないから、こういう声の人やこういう声の人がいて、どうやら今まで話していた人とは別の人に、話している人が変わったようである。しかし…
ざっくりした生地の靴下に足を通す。足がつつまれ、あたたかさが封じ込められていく。足が生地にくるまれて守られている。厚手の外衣をはおり外に出る。風は肌にまだやさしく、服と服にはさまれている気体が体を包んでいる。一本調子の言葉はぶっきらぼうな…
二センチほどになった鉛筆は、鉛筆を回す小型の削り器では削れない。カッターナイフを手に、慎重にカッターナイフを動かし、やがて黒鉛が現れる。鉛筆削り器で量産される同じ鉛筆の先ではない、一つしかない形ができあがる。小さな鉛筆を削ったあとで、自分…
渋柿の皮を取り、ビニールひもでどうにかこうにか干せるような形に結ぶ。物干しにかけたときにこちらに二つ向こうに二つになるようにしてから、熱湯に五秒くぐらせて、ベランダにつるす。ここまで一時間かからない。えらい大きい袋に入れてくれたものだから…
人の声というものを何回も聞いていると、本人の声がないところでも、自分の中でその人の声を再現できるようになる。まったく同じではなく、あくまで似たような声だろうけれども。図書館でおこなわれている絵本の読み聞かせに子どもと何年も行っているが、そ…
テーブルにみかんが置かれている。橙の皮をかぶっていて、不ぞろいなみかんである。ちぎられた欠片もそのままにいくつかある。暖色がもたらしているのか、身体の芯にゆっくり灯がともる。柑橘の香りをふりまき、みかんが空間をプロデュースしている。小皿に…
ブログで726記事書いてきて、一記事400字くらいとしても30万もの文字になった。自分の書きたいことに言葉を合わせ、その合わせる速度も速く、精度が上がったように思われる。使われている言葉しか使えないから、今ある言葉が少ないようにも感じるときもある…
ここではどうしても自分自身を、まとまっていて、角がなく、良くみせようとしてしまう。ほんとうの自分というものはないと思うけれど、ある面では、自分は野暮な人である。野暮だからこそ、繕うのである。しかし、その野暮さの中により自分の伝えたいことが…
どのあたりが大袈裟なのかと聞いたところ、昨日のことを今日になっても考えている部分ということらしい。それは大袈裟ではなく別の言葉があてはまるのではと思いながら、その人にとっての大袈裟はそういうことなのだと納得した。自分自身に省みることがあっ…
朝夕、昨日と今日、気温が上下している。昼間の車中では通気口から冷風が吹き出している。人に好かれたいから、無難だから、あるべきだからと、ふるまうことがあり、自らの捕らわれを感じることがある。場所は選ぶけれど、そうしなかったからといって印象が…
相手と自分、理想と現実、自分と社会の葛藤に何をするか、何ができるか考えることは、自分にとってはときに痛みを伴うが、考えることをやめたらそこで終わる*1。考えることをやめれば考えることの痛みはないが、何も変わらないことへの痛みはある。なるよう…
階下に動く人たちを見ながら、地上にいるときはこんなに人を凝視しないだろうと思う。こちらが見えないのをよそにしているが、自分も顔まで識別できているわけはない。誰かがどこかに行っては帰るその一部分を見ている。土曜日と日曜日には人の往来はなく、…
セルフレジでレシートを取り忘れると、返品するときにひと手間かかる。幸いポイントカードで履歴が見れたらしく、住所と氏名と電話番号を書いて返品となった。図書館で貸出カードを忘れるたときも、同じことを記入すると借りることができる。靴下の"かかと"…
タブレットやテレビは二時間以内(小学校の夏休みの過ごし方に書いてある、かつ律儀に守ることにしている)、にしていると時間がない。自分が誘因しても困るからとまとまった時間がとれず、さわがしい小学生たちを横に文字を打つのも"よこしま"な気がする。…