語る、また語る

いつもにプラスα

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呼応する源

大通りから一本入ると、さすがに人はほとんど歩いていない。関係者通用口の気持ちばかりの蛍光灯と、一定間隔に立つ街灯、五メートル離れたら人の顔が見えないかもしれない。

タイムカードを押してから着替える。きっと髪からは油のにおいがして、口内は閉店してすぐ料理人からもらったカキフライの味がする。

シフトに入った者同士、特別に用がなければ着替えてから共に部屋を出るのが慣習だ。アルバイトとて例外ではなく、だから着替えは素早くが基本である。

柔らかい色の白地のボタンシャツに黒いスラックス、垂れた手に合うよう左右にポケットがついた黒いキャンバス生地の膝丈のエプロンを腰に回して前で結ぶ制服が気に入っていた。右ポケットには裏紙を裁断し、ダブルクリップで留めた注文用紙とボールペンを入れる。歩くときは厚手のエプロンで下半身が重く、慌ただしいときもホールでは走ってはいけないので、エプロンを脚で擦らせながら早足で動いたものだ。

数人で挨拶を交わして各々の家の方向に分かれ、ヘルメットを片手に持つ、肩より髪の長い人と一緒になる。漢字とひらがなではあるが同名の二人である。駐輪場の入り口付近で自転車を出して待機し、追いついたバイクのエンジンがかかったら出発だ。たしかカーキ色だったそのバイクを見て十回に一回は洒落ていると思ってきたが、どうやらホンダのズーマーという50ccのスクーターらしかった。

しばし自転車とバイクが隣り合い、T字路で分かれる。バイクは私より遠くまで走るはずであるが、年長であるがゆえに「気をつけてね、おつかれさま」が決まり文句で、おつかれさまの語尾はいつも、右斜めに上がる曲線矢印のようだった。

私が「気をつけてね」という言い回しを覚えたのはその年からだ。