語る、また語る

いつもにプラスα

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おそらく御免だった

「携帯電話を持ってきた人がいる。部屋長は、携帯電話を持ってきていないか確かめること。持ってきた人がいたら預かって、夕食後のミーティングのときに出すこと」

林間学校二日目、午後に開かれた臨時の部屋長会で隣のクラス担任は言った。十人一部屋で、持ってきている同室のクラスメイトを何人か知っている。自分はそのことを伝え、携帯電話を渡してもらわなければいけない。伝えることはできたとしても、渡してもらうなんて無理だ。彼女たちは出すはずないし、そんな彼女たちを振り切るほど自分は肝が据わっていない。

誰も持ってきていないことにしてもいいけれど、それですむとも思えない。白状したら始めに嘘をついたことになる。かといって出せたところで、彼女たちからは非難の嵐だ。

どうしたらいいかわからないまま、夕食を終えミーティングになった。

順に部屋長の名が呼ばれる。いくつかの部屋にあった誰かの携帯電話がじゅうたんに置かれた。自分の番が近づいてくる。もう、携帯電話を持ってきた人はいたけれど預かることはできなかったと言おうかとも思ったけれど、決めきれない。

自分の名前が聞こえてしばしの沈黙の後、私はただ泣いた。携帯電話を持ってきた人はいるのか、いないのか問われても、何も答えなかった。しばらくして、別の部屋長の名に移った。狡いといわれればそれまでである。後にも先にも、中学校のときのジレンマによる涙はそのときだけだった。