語る、また語る

いつもにプラスα

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素顔で翻る

ない、ない、どこにもない。入れたはずの道具がない。これでは化粧ができない。

内定式からの懇親会を経てたどり着いた宿泊先で私は困っていた。化粧などしても大して変わらない風貌とはいえ、化粧もせずに外に出るなんて、若い自意識が許さない。次の日に、同じ場所で朝食を取り、同じ電車で帰る予定の同期たちにどんな顔をして会えばいいのだろう。終電は行ってしまった。

束の間の思惑の末、出発時間を早めて朝食は食べず、そそくさと一人で帰ってしまおうと思った。しかし、同期に断らずに帰って手間取らせてはいけない。かといって、同期の連絡先も知らない。わかっているのは、彼女が私の正面の部屋に泊まっているということだけだ。

急用ができたので先に帰ると伝えるのに、もう就寝しようとする手前、どうして彼女に素顔を見せることができようか。ふと思い立ち、部屋に備え付けてあった用紙に要件を書き、部屋の扉下数ミリの隙間から忍び込ませた。そんなことをするのは、キャンディに謝るための手紙を、同じように部屋の扉下から渡すパトリシア以外に私くらいしかいないだろう。

果たして彼女は用紙に気づいただろうか。しばらく経って、彼女が気づかず面倒なことになっても面倒なので、意を決して彼女の部屋の扉をたたいた。


そして素顔のまま朝食を取り、同期たちと同じエレベーターに乗り、そのうち何人かと同じ電車で家に帰った。


扉を開けた彼女に、話は一掃されたのだった。私は化粧ができないから先に帰ろうとしていると暴露し、彼女はそんなことは気にしないで大丈夫だと言った。何が大丈夫なのだろうと思いながら、早く帰ることをやめた。

風が立たなければ、もう素顔でも何でもよかった。

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