語る、また語る

いつもにプラスα

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言葉を楽しむと、会話が楽しい

一年は早いけれど、まだ五月だとも思っている。そんなときに次の年までまだ一年ありますねという趣旨のことを話したら、もう少しですねと言われた。

「まだ」と「もう少し」は微妙にニュアンスが違う。「まだ」の方が「もう少し」より目標物に遠く、「もう少し」の方が「まだ」より目標物に近い気がする。「まだ」の方が悲観的で「もう少し」の方が楽観的な印象である。

近いも遠いも楽観も悲観も、いちいち数値化するわけではないので主観的な感覚ではある。その主観的な感覚をもって、自分の使っている話し言葉が悲観的であると思うことがまあまあある。

家族に親切をするつもりが「これこれしてあげましょうか」と聞いて、何か立場の高低というか家族より自分の方が高いところにいるような気になった。「これこれしましょうか」にしたら平坦な感じになってよさそうだった。

自分の使っている言葉を遊びのようにしつこく追っていくのはおもしろい。もちろん常にではない。そういう言い回しをするのか、と軽く感銘した言葉を別のところで使ってみたりする。中には言葉そのまま使ってみて何かしっくりこないというか、伝えるのにこの言葉では不十分な気がするときは、声の感じや言葉の一部を変えてみたり、雑談において言葉を発する実験みたいなことをしている。ちょっと不穏な空気になっても、言葉の観察をしているとするならそれすらありがたい現象である。

言葉を楽しむと会話が楽しい。自分の言いたいことに合った言葉で相手に伝えて、相手に少しずつ伝わっていくのは、注文した料理を席で待っているような気持ちがする。