語る、また語る

いつもにプラスα

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コックコート

学生のとき、お昼にしようと学生街の通りを同級生の友人と歩いていた。自分がよく行くパン屋がある通りだ。パン屋は夫婦でされていて、カウンターには可愛らしいご婦人、厨房には寡黙そうな紳士がいらっしゃる。

授業やアルバイトの前に立ち寄ると「いってらっしゃい」、テスト期間中と言えば「がんばってね」など、パンを買うと何かしら声をかけてくれるお店だった。客の一人ではなく、一人の客として接してくださるその姿は、まったく知り合いがいない土地に移り住んだ自分に、まるで親しい家族といるようなぬくもりを感じさせた。だからパンも美味しかったはずである。

さて目的地に向かいながらもう少しでパン屋というときに、私たちの先を一人で歩いていたこれまた同級生の友人が、歩き煙草の吸殻をパン屋の入り口にある細長い筒の傘立てに放り込んだ

え、と思いながらそれでも歩いていると、パン屋のドアが開き、厨房にいたであろう紳士がコックコートを着たまま早足で友人に駆け寄ってきた。

「君!今、吸殻を捨てただろう?」
しっかりとした声で紳士が言う、小声で「…はい」と友人が答える。かなり怒っているように思われた。紳士はもう一度確かめるように聞くと、そういうことはしてはいけない、迷惑であるということを伝えた。友人は謝り、紳士は戻っていった。

私たちが彼に近づくところで彼は歩き始めた。


今から眠ろうとするとき、ふっとこのことが頭に現れた。スウェットを着て歩いていた彼を追いかけるコックコートは、どこまでも真っ白だった。