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恋愛しても、しなくても

12月24日と25日は恋人たちだけが主役ではない。しかし、何かこう見えない圧みたいなものがあって、恋人がいないと肩身が狭い感じがしていた。高校生になると家族といても寂しいと思った。友人から、恋人と約束があると聞いてうらやましかった。

自分は特定の誰かではなく、「恋人」という存在がほしかっただけだった。恋人に焦がれながら、誰かを好きになることはなかった。誰か、いつか自分のことを好きになってくれると信じていた。

「幸福(しあわせ)は誰かがきっと 運んでくれると信じてるね」

ラジオから流れてきた言葉は、自分そのもののようだった。待っているだけでは何も起こらない、もしくは起こる可能性は少ない、自分からつかみ取りにいかなければと思った。「恋人」を探すためにできるだけ交友関係を広げた。若いころはそういうことができた。

恋愛することを誰かから強制されたわけではない。恋愛というものをしてみたかったし、実際に楽しいこともあった。

しかし、恋愛をしたいというのは本心でもあり本心ではなかったと感じる。見えない誰かに、恋愛をしなければいけないと説かれていた気がするし、恋愛経験がある人が「自分は知っているから」のような態度をとることも不満だった。周りにあった、恋愛していない人は蚊帳の外、のような雰囲気がたまらなくなるときがあって、仲間に入りたくて恋愛してただけのときもあった。


恋愛がすべてではないとわかっていても、自分は恋愛をしたとは思う。とはいえそれがどんなにへんてこで素晴らしいものであっても、想像もしくは空想である。