語る、また語る

いつもにプラスα

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今持ちきれない憂いは放っておく

何だかんだで憂いている。危機回避のためとはいえ、憂うこと自体が自らを危機に陥れそうである。しかし自分ではどうしようもない憂いについては、いっそ放っておけばいいのかもしれない。放っておいて街に出るとか、放っておいて趣味に走るとかそんな感じである。

自分ではどうしようもないことを「放っておく」ことについて、どこで読んだのかを思い出せない。ただ、何とかしたいというのは真摯なことかもしれないけれど、それが自分一人では変えられないことなのであれば、変えようとしてもそれは無理というわけである。

むかし読んだ「嫌われる勇気」でいうところの、「自分の課題」と「他人の課題」を分けて考え(課題の分離)、「他人の課題」には支援することが必要という部分と少し重なる部分もある。

自分なりの解釈をするならば、やれることはやってあとは「放っておく」ということになろうか。「放っておく」といっても、放棄するわけでも突き放すわけでもない。「放っておく」ことでまた状況は変わる可能性もあり、そのときにまた自分ができることがあればやっていくことができる。

何でもかんでも憂いを持とうとしても、私の腕は二本である。今持ちきれない憂いを放っておこうと考えると、ずっしりとしたリュックを下したように少し動きやすい。