語る、また語る

話したいことを書いています。

卒園前夜

 

長男の卒園式が終わった。

式では、卒園証書をもらった後に、
子どもから親へありがとうの
メッセージがあり、
それを受けて、
親から子どもへもメッセージを伝えた。
子どもからのメッセージは、
「いつもごはん
つくってくれてありがとう」と、
「いつも遊んでくれてありがとう」が
多かったが、中には、
「今まで育ててくれてありがとう」
なんてのもあった。

それを一人ひとり、
参加者の前でやりとりするものだから、
もう最初の子どものときから泣けてきた。
自分の子どもじゃなくても泣けるねと、
みんなで話しながら、
涙もあり(親だけ?)、笑いありの、
あたたかい卒園式だった。

卒園式は無事に終わったのが、
前日の夜、ちょっとした騒動があった。

明日の式に備え、
長男のセレモニースーツや、
私の持ち物の準備をしていたときのこと。

私はあることに気づいた。

「長男の、式に履いていく靴下がない」

今日(式の前日)に買おうと
思っていたのに、
何を間違えたのか、
買うこと自体を
すっかり忘れていたのだった。

もう夜になっていたし、
お店も閉まっている時間帯だった。
(田舎なのでお店も少なく、
閉まるのも早い)

たしか次男がおゆうぎ会に
履いた靴下があったはずと、
引っ張り出してきたが、
さすがにサイズが合わない。

せっかくの式なので、
たかが靴下であっても、
整えてあげたいというのが、親心。

夫は、その少し小さい靴下でも
いいのではと言ったが、
なぜか長男がこれでは
いやだと言い出す。

目立たないところではあるが、
次男の名前が書いてあったのが、
気に入らなかったらしい。

私も自分が買い忘れた手前、
何とかしたい。

運よく、近くのお店の閉店時間まで、
あと1時間弱あった。
でも服を少し取り扱っているくらいの、
スーパーなので、
それらしい靴下があるかはわからない。

行ってみなければわからないということで、
私は車でスーパーに行った。

子どもの寝る時間が多少遅くなるが、
しょうがない。

スーパーに着いて、靴下を探すと、
ラスト1足いい感じのものが残っていた。

一安心、私はその靴下を買って、
家に帰ったのだった。

まさかのまさかであったが、
その日の夜に気づいてよかった。
まあ、当日の朝にわかっても、
次男がおゆうぎ会で履いたものを
履くしかないけれど、
少し後悔が残っただろう。

卒園式は、たしかによい式だったが、
たぶんしばらくして振り返ったとき、
思い出すのは、
この靴下のエピソードではないだろうか。

むしろそういったエピソードの方が、
味わい深い気がする。

卒園前夜に、
靴下を買いに行ったことは忘れないと思う。
これからも、
思い出して笑っていこうではないか。