語る、また語る

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迷うことに忙しい人がライブに行くと

最前を狙えるくらいの整理番号ではあったけれど、早く着いて待つ体力も怪しい。開演30分前に会場に入ると、すでにステージ前方は早々に人が集まっていて、一段上がっているモニターが見えるスペースも、はじめからここにするつもりですと陣取られている方たちばかりで、場所は限られているようである。

後ろをうろうろしながらまず中央あたりに向かったけれど、前の方たちの背が自分より高いようでステージが見えにくい。あきらめて左に進むと、地下にあるライブハウスの構造上のためなのか、大きな柱があった。前に家族らしき三人組、右には二人連れ、自分の左はぽっかり空間があいている。柱が前にあるため、ステージが見えないし、人もいないので風通しが良さそうだった。ライブハウスは、いやおうなしに窮屈になりがちなので、大きな柱を置くことでそこに空白を持たせる意図でもあるのだろうか。

自分は至近距離を四方八方人に囲まれるのが苦手なので(満員電車などはますますきびしい)、隣に誰もいないというのは"してやったり"の助かる位置になった。柱を挟んで反対でも自分の隣に空白はあるが、そちらは異性ばかりの知り合いの内輪感があったのでやめた。

待ち時間は退屈な上に、人の波にのまれそうな気を紛らわすことも含めて、あわよくば、隣の人と雑談でもと思ったけれど、連れの方に遠慮してしまった。後ろに一人で来られたらしき方がいたものの、いきなり後ろを向いて話しかけるのもちょっと、とおとなしくしていた。会場のBGMはいわゆるインディーロックといわれる洋楽で、誰の何という曲なのだろうとか、そもそもインディーロックって何だろうとか考えていた。

ライブが始まると、斜め前の一人の方がとても楽しんでらっしゃて、その人と家族連れとの間には人一人分のスペースがあったのにもかかわらず、その方の身振りが良かったためにそのスペースはその人のためのもののようになっていた。このように自分の思うように楽しむ方が近くにいらっしゃると、自分も安心して楽しめるというか、自分が思うように楽しめばいいではないかとはいえ、ためらいがあったり度胸がなかったりで、結局周りに合わせている気がしてならない。

あとは、ステージばかり見ているわけではなく、ステージを見ている人が見たくなる。その人たちの表情とか雰囲気とか、ライブを楽しんでいるのであろう人たちは、そこでしか見れない生身のうつくしいものであるように思われる。とはいえ、周りが前を向く中、横を向いたり後ろを向いたりするのも、自分が逆に見られるのも困るので、何かの拍子に一瞥するのにとどめる。

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