語る、また語る

いつもにプラスα

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けっこう"ざらざら"

ここの文章を読み返すと、また自分でもやもやを自分に溜め込んでいて、人に話していないことに気づき、わずかにでも話してみてもいいかもしれないと思う。

何となく気がそぞろなときにまずは物理的に体を休ませ、もやもやはしているけれど休んで少し気力が出たところで、おっくうながらも動きはじめるともやもやは弱まることがある。もやもやしながら休んでいるともっともやもやしてくるので、動くしかなくなるともいえる。

悲観してはいたものの、さらに悲観することで自分を正当化しようとする。悲観するならどこまでも悲観できてしまう。幻が割れては消えていく。

このようないろいろなことをいちいち拾わないで、"さらさら"と過ごしたらいいというのは年の功らしい。自分はどうやっても"ざらざら"と過ごしているけれど、自分が"ざらざら"をよしとしているのだからけっこうである。